◎医療の二つの方向性
一つは最先端の科学による医療技術を追求する方向。もう一つは気持ちや思いを重視する方向。当院では高齢の方が多いです。どちらがより求められているでしょう。日々の会話で多くの高齢者は高度な医療を望んでいません。
しかし、ほとんどそうだからと言って決めつけてはいけません。本人・家族と十分な話し合いに基づくことが重要です。最先端の治療を望めば、適切に紹介することも必要です。一方で気持ちや思いを重視するなら、医療を提供するということは目的ではなく、手段であることを強く認識しなければなりません。病気やケガ、あるいは単に歳を重ねることをきっかけに生まれる不安を少しでも和らげることが私たちの目的であり、医療の提供はそのための手段ということです。
◎心を通わせること
例えば認知症の方。認知症の方は相手をよく見ています。自分が今までの自分とは違うことはわかっています。人に頼らないといけないと感じています。相手をよく見ているというのは今まで以上に自分にとって味方をしてくれるのかどうかを推しはかっているのです。言葉がうまく通じなくても心を通わせることはできます。
「今日はいい天気ですね」というあいさつ。言葉の情報そのものに価値はほとんどありません。空を見ればわかります。その意味するところは自分は相手を気にかけていることを示していることです。心を通わせるのは言葉だけではありません。
ここで注意するのは「心を通わせることができる、できた」と思うことです。どういうことか?心が通ったかどうかは本当のところはわかりません。ここでは謙虚な姿勢が求められます。意思が伝わるのは奇跡的なことのように感じます。
病院を訪れる方やその家族は、それまでとは違う状態にあり不安に思っています。心を通わせようとする謙虚な姿勢で、当院を訪れる方々の不安な心を支えたく思います。
葛西中央病院 院長 土谷明男
1998年3月、群馬大学医学部卒業。2012年より葛西中央病院理事長・院長。
公益社団法人東京都医師会副会長。座右の銘「思えば思われる」